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2026.03.22 春分を過ぎて、春を迎えながら

  • 3月22日
  • 読了時間: 2分

先週金曜日(20日)は昼と夜の長さが同じになる春分の日でした。私たちが暮らす北半球では春分は春を知らせる節目であり、農村では播種の準備を始めるようになります。自然は春分を起点として新しい季節が始まります。死んだように見えていた木が新芽を芽吹かせています。今年もまた目黒川に春が訪れました。コロナ以降中断されていた春を迎える行事のために灯りが設置されているのを見ました。川辺に沿って並んでいる赤と白が調和した灯りが私に向かってもう一度始めてみなさいと励ましているようです。聖書は私たちにこのように語られます。“わたしは新しい事をなす”(イザヤ書43:19)神様はいつも私たちを新たにしてくださいます。冬のような人生にも春をもたらしてくださいます。もしかすると、私たちの中でまだ冬を手放せずにもがいているのではないでしょうか?私たちがすべきことは、新しさに向かって一歩前に踏み出すことです。暖かな陽ざしは、もうすでに私たちのそばに届いています。そのような主の愛を受けた私たちは、その愛をもって互いに励まし、仕える小さな行いを通して誰かの春になることができるでしょう。神様は私たちに新しいことを与えます。私をとおして今も“荒野に道を設け、砂漠に川を流れさせる。”(イザヤ書43:19)夢をみておられます。死んだように見えていた桜の木につぼみがつくように神様は私たちの魂に新しい命を吹き込んでくださいます。その御恵をもって私たちは“新しく造られた者”(コリン°人への手紙5:17)が始まりました。2026年春には憎しみを愛に変え、誰かの心に慰めと喜びを与える一言と小さな行いをと通して“いのちの言葉”(ヨハネの第一の手紙1 1:1)を伝える風と火花の教会の家族になりますようにお祈りいたします。

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